西日本豪雨②

記憶にも未だ新しい西日本豪雨ですが、その日私は故郷の岡山に暮らす、父親の元を訪れていました。その日は夜間から激しい雨に見舞われていましたが大して気にもせず、眠りに就いたのでした。ところが、翌朝目覚めてみると未だに降り続く激しい雨の中、庭一面が雨で水たまりができており、置いてあった植木鉢などがぷかぷかと浮いている有様でした。家の中にまで入ってくるのではないか、と心配しましたが、結局、浸水することは避けられたものの、父の所有する畑は水浸しになり、育てていた食物は全て駄目になってしまいました。

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災害に見舞われて、1番困ったことは、電気がストップしてしまったことでした。酷暑の中、汗だくになりながら、日中荒れ果てた庭の手入れなどに追われても、涼む場所もなく、日陰でうちわを仰いで過ごすことくらいしか、暑さを凌ぐ術が見つからず、とてもきつい思いをしました。当然冷蔵庫も使えなくなってしまっているので、肉や魚などの生もの等は、すぐに腐って駄目になってしまいました。

買いに行くのにも、信号機も消えてしまっているため、周りの車や歩行者の状況を見ながらの恐る恐るの運転で怖かったですし、スーパーに行っても、ある物はみな保存食のような物ばかりで、しかもどれも殆ど売り切れてしまっていました。又、夜間は、電気が点かないため、暗闇の中での食事や入浴などの作業は困難を極めましたし、暑い中での暗闇での一夜は、精神的にも気持ちが沈みがちになり、心身共に疲弊してしまいました。特に高齢になる父の身体の状態が気になり、不安の絶えない体験をしました。

災害に遭い、電気がストップしてしまった時、1番あって良かったと思った物は、ろうそくとライターでした。夜間は真っ暗になってしまうので、明かりと言えば、ろうそくの炎だけが頼りでした。又、ろうそくが全部なくなってしまっても、自宅にあった沢山のツナ缶に助けられました。ツナ缶の油に、紐などを入れ、先端に火をつけることで、ろうそく代わりになるのです。火が消えた後も、そのまま食べることもできるので、とても便利だと思いました。

又、あったら良かったと思った物は、電池による携帯用の充電器でした。やはり、連絡手段や情報源となる物で欠かせない物がスマートフォンです。充電がなくなり、スマホが使えなくなって、いかに今までの生活が、スマホに依存していたのかが身にしみて分かりました。スマホさえあれば、連絡手段や情報の入手が可能になるだけでなく、電気代わりになったりなど、何かと役に立ちます。そのための充電器をスマホと同時に日頃から持ち歩くことは、とても大切だと思いました。

今回、たまたま災害に遭遇したことにより、様々な対策を考えましたし、その中で家族や大切な人との連絡手段や集合場所なども考えました。連絡手段としては、スマホやネットの災害掲示板なども視野に入れつつも、スマホが使えなくなってしまった場合の備えとして、固定電話での災害ダイヤルの使用も、家族で話し合い利用することに決めました。番号を記載したメモも電話のそばに貼っています。

それらの連絡手段も取れず、帰宅することができなくなった時のために、集合場所も考えました。そのような緊急時には、自宅から1番近くにある小学校に避難することが大切だと決めてあります。こうした、万一の災害時の備えは、必ずしたおいた方が良いと、今回の災害で身にしみて感じています。無理に移動することは避けて、その時に一番安全な避難所から動かないことにしました。今回はたまたま父親に会いに行っていて本当に良かったと思いました。高齢の父だけでは被災時水が出なくなったり、電気が停まると困ることが多いと思うので、離れて住んでいることも心配になりました。

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